「○○×IT」で、果たして○○とITは結びつくのか。○○に当てはまるあらゆる分野の現場で働く人々にとって、ITは救世主なのか、破壊者なのか。その構図を考えてみたいと思います。
融和の構図
それぞれの分野で働いてきた現場のプロが積み上げてきた知見と、人・カネ・社会のつながりを組み替えるITが、どこで対立をし、あるいは融和するのか。ここで言う現場のプロとは、農業なら農家、介護ならヘルパーや介護福祉士、教育なら教員などが当てはまるイメージですが、実務経験を持つマネジャーや経営者なども含めてよいでしょう。
融合の構図は、互いの強みを活かし、より高い価値を生み出すことです。スタートアップでビジネスを組み上げている人たちやその支援者たちは、すでに乗り越えている壁でもあります。ITへの理解がある他分野のプロと、そのプロの声をうまく取り入れて、彼らの課題解決に貢献をはじめているITのプレイヤーという構図です。
こうした融和の構図は、共創という言葉に置き換えてよいでしょう。
対立の構図
対立の構図は、無視vs破壊です。
現場のプロたちがITを無視している(もしくは気づかずにいる)うちに、ITがあらゆるサービスを打ち立てて顧客を奪い、知らないうちにお金の流れを変えてしまい、専門家たちの仕事を奪っていく。
最近、「雇用の未来」という論文で、コンピュータの技術革新によりおよそ700の職種が消える可能性があると論じられ、大きく話題になりました。
コンピュータによって、仕事が自動化されるだけではなく、人やお金、社会の流れが変わることで、あらゆる分野の現場のプロたちは、職を失う危機に直面します。
破壊者としての理性
前回の記事での指摘の繰り返しになりますが、ITを携えて社会の変革に挑む人々は、従来の現場のプロたちが自分たちだけの専門だと信じていた領域に、どんどん踏み込んできます。
踏み込む側は、自分たちこそが課題解決に挑める挑戦者だと信じ、踏み込まれる側は、そんな彼らを、自分たちの庭に土足で踏み込む侵入者だと認識する。お互いに、自分にしかできないことがあると信じ、それができない相手を否定する。
こうした対立構造が望ましいものかどうかという判断は、何よりその分野の顧客に当たる人たちに、満足をもたらすのかどうかにかかっていると思います。顧客の満足を高めるために、ITが破壊者として暴れまわり、相手業界に変革をもたらすという荒療治が必要なケースもあるでしょう。しかしその際においても、ITは、破壊するものと残すものを的確に仕分けないといけません。
たとえば育児がシェアリングエコノミーに取って代わられるとしたら、育児の現場のプロたちが培った子育ての質は、どこで担保されるのでしょう。知恵の絞りどころです。
あらゆる変化は、一時的にせよ、混乱を生み出します。混乱をいかに短く済ませ、素早く新たな秩序をもたらすのかが、破壊者に求められるスピード感や周到さでもあるでしょう。
共創の前に必要な対話と理解
○○×ITで、○○とITがうまく融和できれば、お互いの経験や強みを活かした価値の創造が起こせるでしょう。お互いが共創の名の元に、うまく生き残れればよいとも思います。
しかし、そうした共創が生まれる前に、踏むべきプロセスがあります。それが対話と理解です。ITの人たちには相手の分野への理解が必要であり、相手の分野の人たちには、ITへの理解が必要です。
洞察力を発揮する
ITから相手の分野への理解については、一重に、その分野が抱える課題や幸福がどこにあるのかを、深く観察、考察し、的確に抽出することが肝要でしょう。一言でいえば、洞察力といったところでしょうか。これは、想像では補いにくい部分かと思います。
相手の分野の現場のプロも、必ずしも自らの課題を的確に把握してなかったり、うまく言葉にできていないことも多いはずです。状況を俯瞰しつつ、細部の問題にも切り込み、全体の構造を最適化する。ITがもともと得意とする思考が活かされる場面は、きっと少なくないでしょう。
ITを豊かにイメージする
では、相手の分野の人たちがITに対して示すべき理解は何か。こちらは、ITのイメージを豊かにとらえるという点にあるのではないでしょうか。前々回の記事でも述べたとおり、IT業界に触れる機会がない人たちが連想するのは、「IT=パソコンやホームページ」です。
そうした人たちに、ITの守備範囲はもっと広いことを理解してほしいと思います。そして、ITとは単なる機械化、デジタル化の道具ではなく、人のつながりやお金の流れを変え得る存在であるという目線を向けてほしいです。ここに思いを巡らせられるか否かで、ITのイメージが変わってくるはずです。
共創は1日にしてならず
その分野にとって、現状の課題や将来の理想は何なのか。ITでビジネスを生みたい側も、ICT利活用の可能性を探りたい側も、十分に語り合い、適切かつ豊かなイメージを持ち、進むべき方向を見定めるための努力が、あらゆる分野や地域で、まだまだ必要なはずです。
言うは易し。地道な実践あるのみです。